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上里町の偉人・西崎キクが満州から帰還して80年 町内展示ルームで常設展

上里町男女共同参画推進センター内の展示ルーム

上里町男女共同参画推進センター内の展示ルーム

 上里町出身の偉人・西崎キクが戦後の満州(現在の中国東北部)から帰還して6月9日で80年がたった。

男女共同参画展示ルーム内の展示物

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 キクは1934(昭和9)年、サルムソン型飛行機「白菊号」を自ら操縦し、日本人女性初の海外飛行として満州国への国際親善飛行に成功。時代を先駆ける「空のヒロイン」として注目を集めた。その後、時代が戦争へと向かう中で空の仕事を離れ、同郷の男性と1938(昭和13)年に結婚したのを機に「開拓の花嫁」として再び満州の大地へと渡っていた。

 1945(昭和20)年8月のソ連軍侵攻と終戦により状況は一変。現地での生活は凄惨(せいさん)な逃避行へと変わった。キクは引き揚げの過酷な移動の中で、当時まだ1歳に満たなかった長男を肺炎で亡くすという悲劇に直面した。さらに再婚した夫の了(りょう)さんは終戦直前に現地で召集され、戦後はシベリアに抑留された。

 キクが他の団員たちと共に埼玉(埼玉県庁)にたどり着いたのが1946(昭和21)年6月9日。当時、キクが所属していた「老街基(ろうがいき)埼玉村開拓団」は、出発時に492人いたが、生還を果たせたのは133人だったという。

 1949(昭和24)年9月に復員した夫の了さんと再会したキクは、新たな一歩を踏み出した。「七本木開拓地」(現、上里町)に入植し、当時は不毛といわれた酸性土壌の荒れ地を泥まみれになりながら夫婦で切り開いた。この時の壮絶な開墾の記録をつづった体験記「酸性土壌に生きる」は1961(昭和36)年に農林大臣賞を受賞している。

 夫婦で地元の七本木小学校・中学校などの教壇に立ち、地域の教育にも生涯をささげた。キクは教え子たちに自らの波瀾(はらん)万丈な人生を重ね合わせながら、「夢を持ちなさい。一生懸命努力すれば夢は必ず実現する」と語り続けたという。激動の昭和を生き抜き、地域の礎を築いた先人の足跡は、今も上里町の歴史に深く刻まれている。

 4月1日にリニューアルオープンした「上里町男女共同参画推進センター」(上里町七本木)はセミナーホール、会議室、男女共同参画展示ルームなどから成る。展示ルームは、キクの生涯や功績を、写真・資料・ゆかりの品々を通して紹介している。同ルームを訪れていた町内在住の50代女性は「どんな逆境にあっても、郷土の地で前を向き、命をつないでくれた先人がいたからこそ、今、豊かで平和な上里町がある。この節目の日に、感謝の気持ちとともに、平和な町を守り抜く決意を新たにしていきたい」と話していた。

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