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本庄「歴史民俗資料館」閉館へ 本格洋風建築復元、40年の歴史に幕

「本庄市立歴史民俗資料館」の外観

「本庄市立歴史民俗資料館」の外観

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 本庄市立歴史民俗資料館が2月29日閉館する。最終日に同市の市長や教育長らが出席して閉会式を行う予定だったが、新型コロナウィルス感染拡大防止のため21日、中止が発表された。

本庄市立歴史民俗資料館の前に建っている「田村本陣の門」 (本庄市指定文化財)

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 歴史民俗資料館の建物は、1883(明治16)年に本庄警察署として建てられた。コリント様式を採用し建設された同市初の本格的な洋風建築だと言われている。室内の天井の灯火掛け部分には円形のレリーフが施され、2階ベランダにはアカンサスの葉を彫刻したコリント式の列柱が並べられている。警察署移転後は、本庄消防団本部、簡易裁判所、区検察庁、本庄公民館、図書館として利用され、1972(昭和47)年3月には、明治期の警察署庁舎として貴重であることから県指定有形文化財になった。1979(昭和54)年から翌年にかけて、解体の上、1908(明治41)年の写真などを手掛かりに復元・回収し、歴史民俗資料館になった。

 本庄市立歴史民俗資料館(本庄市中央1)が2月29日、閉館する。最終日に同市の市長や教育長らが出席して閉会式を行う予定だったが、新型コロナウィルス感染拡大防止のため21日、中止が発表された。

 同館の建物は1883(明治16)年、本庄警察署として建てられた。コリント様式を採用した同市初の本格的な洋風建築だといわれている。室内の天井の灯火掛け部分には円形のレリーフを施し、2階ベランダにはアカンサスの葉を彫刻したコリント式の列柱が並ぶ。警察署移転後、本庄消防団本部、簡易裁判所、区検察庁、本庄公民館、図書館として利用され、1972(昭和47)年3月には、明治期の警察署庁舎として貴重であることから県指定有形文化財になった。1979(昭和54)年から翌年にかけて解体のうえ、1908(明治41)年の写真などを手掛かりに復元・回収し、歴史民俗資料館になった。

 1階には、縄文~弥生時代の土器をはじめ、古墳時代の出土品は埴輪(はにわ)など中世の資料を展示。前の山古墳(小島)から出土した「盾持(たてもち)人物埴輪」は笑っているように見え、同市のマスコットキャラクター「はにぽん」のモデルになった。

 2階には近世~近代の資料等を展示し、中山道本庄宿の繁栄と繭と絹の町への変化を知ることができる。1602年、本庄城主小笠原信之が中山道本庄宿を整備し、「本庄宿」の基礎が形成された。中山道のなかで最も人口と建物が多く栄えていた町だといわれている。近代化が進む明治期になると宿場町から脱却し、日本有数の「繭市場の町 本庄」と言われるほど、さらなる発展を遂げたことが当時の写真などで確認できる。

 同館スタッフの鈴木徳雄(のりお)さんは「小学生のころ社会科見学で来た児童が中学生や高校生になり、さらには大学生になってレポート作成のためにやって来たりした」と振り返る。美里町在住の20代の女性は「かなり以前見学に来たことがあるが、閉館になると聞いて、カメラに収めたいと思いやって来た」と話す。

 同館の敷地内には、明治期後期に建てられた警察署の待合所「人民控所(しかえじょ)」や「田村本陣の門」がある。京都から江戸の将軍徳川家茂に嫁いだ皇女和宮も1861年、この本陣に1泊したという記録が残っており、同市指定文化財になっている。

 1980(昭和55)年11月に開館した同館は、本庄市が早稲田大学と連携して双方の考古資料等の文化財を展示する「本庄早稲田の杜ミュージアム」(展示面積530平方メートル、展示準備室、学芸員室、スタッフルーム等94.94平方メートル)が5月15日、本庄早稲田国際リサーチパーク・コミュニケーションセンター1階に開館することに伴い閉館する。

 開館時間は9時~16時30分。今月25日のみ休館。入館無料。

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